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北海道古代文化の流れ

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大好きなオホーツク文化を調べようと思ったらアイヌを知る事、アイヌを知ろうとすると縄文を知ること、縄文を知ろうとすると石器時代ーー掘り下げて掘り下げてそれらの文献を探ってはノートに書き記しています 途中までの記述をまとめたいと思います

今は旭川の博物館館長さん瀬川拓郎氏の文献からが多いのですがそれを自分なりに誰が聞いても分かりやすい様にまとめたいんですが・・・まー書いてみましょう( ´艸`)

 

 

旧石器時代

 ヒトが6万年前にアフリカを出て約3万5千年前に氷河期の日本列島へやってきた

大型の獣を追い移動しながらの生活だった。

この旧石器時代の人が縄文人の直接の先祖と考えれれるんだけれど人骨が出土されていない為に「ヒト」としての実態すら不明だとの事だ

日本最古の旧石器時代の遺跡は 出雲市の砂原遺跡(12万年前)岩手県の金取遺跡(8~9万年前)のものらしい 人骨は出てないけれど石器が出てきているのね

 旧石器時代には、前期(約330万年前~30万年前)中期(約30万年前~5万年前)後期(約5万年前~1万年前)に分かれていて地域によって中期が30万年前~3万年と言う具合にひらきがある様です。

 出雲市の12万年前のってヒト?

現代人と呼ばれるヒトが6万年前にアフリカを出たとしたらこの出雲で暮らしていたのはヒトでは無いか・・何?って疑問  

ヒトは6万年前よりもっと前にアフリカを出た説もあり掘り下げれば掘り下げ程分からないよね~誰か教えて( ´艸`)(博物館に行って聞いて来よう!)

 

縄文時代

1万5千年前に気候が温暖化して木の実等の植物性の食用を利用する様になりその加工具や煮炊きする土器が発達する 日本列島全域で縄文文化が始まる

(この土器を使用する前後で旧石器時代と縄文時代に分かれる)

 

弥生時代(本州)と続縄文時代(北海道)

 約3千年前より北九州北部で水稲が行われる様になり東北でも2500年前には行われる この朝鮮半島より持ち込まれた水稲等の文化を弥生時代と呼ぶが、北海道ではこの文化を受け入れず(寒冷地の為もあり二流農耕をするより毛皮等の交易狩猟を選択)

本州の弥生、古墳時代と並行する形で北海道は「続縄文時代」となる

縄文時代からの土器は受け継がれたが鉄製品が伝わり石器は次第に無くなっていく

続縄文時代の遺跡からは本州の産物が沢山出土している事から交易が盛んに行われていた事がわかる様だ(鉄器、ガラス玉 奄美諸島以南に生息する貝で出来たアクセサリー等)これらの物は特に権威がある者しか手に入れられなかったので北海道の縄文人が対価として用意したものは高価な獣の皮だったらしい 特にヒグマの毛皮等(毛皮生産工場と思われる遺跡も有)

 

オホーツク文化

本州で古墳、飛鳥、奈良、平安時代の頃に北海道ではサハリンから南下してきた人々が道北や道東に住み着いて独自の文化を作り上げていった この人達をオホーツク人と呼ぶ 

同じ頃には道南地方では北九州やアジア大陸からの交易でまた違った文化を作り上げていったようだ オホーツク人もまた本州迄交易に行ったと記されているので北海道は様々な文化が入り混じっていた時代なのかなと思う

 

擦文時代

オホーツク文化の中期頃~終わる頃(奈良 平安時代) 土器の表面を整えるためへらで擦ってつけた土器が特徴である擦文文化が栄えた 弥生土器の流れを汲み、古墳時代~奈良・平安時代まで生産された素焼きの土器である土師器(はじき)の影響を強く受けた土器らしい

次第に土器は使われなくなり鉄器に代わる オホーツク人はこの擦文人に同化していったと考えられる

 

アイヌ時代

 本州の平安の終わり頃から鎌倉時代頃より北海道はアイヌ時代となる

弥生文化を受け入れず縄文文化を純粋に受け継いだ人達の末裔がアイヌ人だと言われている 続縄文人=アイヌ人 

 

2012年の現代日本列島の人々のDNAを分析した論文によると

  • 本土人(弥生時代以降に渡来して来た東アジア人と縄文時の混血 朝鮮半島の人々と近いが縄文も濃い)
  • 琉球人 (本土人よりも縄文要素が高い)
  • アイヌ人 (縄文要素が非常に高い)他にオホーツク人や本土人との混血も有り

人類学者の斎藤氏は、東北の人々は本土人とは少し偏った特徴があり出雲地方の人々に似た遺伝子特徴があり弥生時代から古代にかけて日本列島に渡って来た人の中でも特定な時期に来た人達の影響を受けているかもしれないといわれている 東北と出雲の方言の共通性にも注目

 本土人・琉球人・アイヌ人は共に先祖は縄文人と想定出来るがアイヌ人にはまだ不明な事も多く、形質人類学的には本土人と同じモンゴロイドとされているが先のアイヌに関してはモンゴロイドとは異る様だ。人類学者の百々幸雄氏によるとアイヌはどの人類集団とも異なりアイヌと縄文人はアフリカを出た人類がヨーロッパ人とアジア人に分かれる以前の状態を保っているのではないかと述べています

アイヌの人々を見ると確かにヨーロッパ的な顔立ちの人がいるのはその裏付けにもなり得る 「縄文時代の日本列島にはモンゴロイド離れした人達が暮らしていた」という説はそのまま受け継いできた縄文人の純粋な末裔がアイヌとすれば納得 

 

アイヌの人の顔は本当にヨーロッパ系とモンゴロイド系があるのよ

ハーフじゃない日本人にもヨーロッパ系の顔の人がいるけどそれも関係しているのかな~?

先日博物館の学芸員さんに「アイヌはまだ解明されていなくて分からない」って話もこの人類学的なところからも解明されていないって事なんでしょうか 言語からの分類もまた調べると深そうなのでやめておこう 

 

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私にもアイヌのお友達がいた 1学年に2人位の割合だったと思う純粋にアイヌと分かる顔立ちの人達 彼女彼らに「あなたはアイヌ人?」と聞いた事は無いんですよね 明らかにアイヌ人なのに そこがやはりデリケートな部分で差別用語的な感覚でしたし実際いぢめの要因でもありましたから聞けなかった その言葉は出しちゃいけなかったと言う気持ちだったと思います。今なら聞けると思うのですが今度どこかで会ったら聞いてみようかな・・・・

北方民族とアイヌの刺繍

 サハの刺繍

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「サハ共和国」の刺繍体験に参加してきました!場所はいつもの「北方民族博物館」!講師の方がサハの国についてお話をしてくださった
過去最低温度がマイナス72℃という想像も出来ない位世界一寒い場所らしいです そんな極寒の中で暖かい毛皮で作った被服や靴等に刺繍をする伝統があり受け継がれてきた様です そしてダイヤモンド!ロシア全土で産出するダイヤモンドの99%がサハ共和国産だそうです 刺繍の中にも鉱石が使われたりしてなんかゴージャス この日の講師の先生も耳、首、腕首、指がゴージャスでしたよ! ネックレスと言うのか何というのだあの首からぶら下げている「のれん」の様なアクセサリーは全て銀だと言っていましたが「重くないのだろうか」・・歴史上でのスタイルもかなり重そうな装飾品が多く、重さに耐えなければならなかったとは言ってましたから当たり前の事なんんでしょう

参加していた人が皆「日本に生まれて良かった」と言っていた( ´艸`)  

 北方圏の刺繍って本当に可愛いいんですよね 私も可愛い刺繍がしたいなんてちょっとでも思った事を後悔するのですが、そもそも縫物苦手で糸通らなし投げ出したいわ!って思っていても今回の刺繍は「お守り」だったんです。いつもはコースターらしいのですが「このお守りは一針一針願いを込めて刺繍し出来上がったら壁に貼るんですよ途中で投げ出しては願いは叶いませんから頑張って下さいね」とか言われたらさーーーーー最後迄やるしかないよね・・とほぼ大半の人は時間内に終わらなくて家に持ち帰りました

 

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下手過ぎて載せたくはありませんが・・・記念に・・・ボコッボコ( ´艸`)

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刺繍する糸の色に意味があるそうで、赤は自分 青は空や空気 白は神様 黄色は幸福 緑は若さや復活を意味するらしく、自分が好きな色でデザインして下さいと言われ刺繍糸は3色と決めれらていたので「青い空や空気に囲まれている自分を神様が守ってくれている」イメージで作りました。でも最後まで作らないと・・・上の画像はまだ途中で黄緑のフェルトを重ねて周りをステッチして終わり(もうやりたくないーーー)  

ウィルタの刺繍 

北方圏はその国々で刺繍のデザインが違う様です

ウィルタの刺繍 丸みがありますね 角を尖らせないのが特徴

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(写真 北方民族博物館)

戦後、網走に移住したウイルタの人々が居て網走にウイルタ刺繍の技術を伝え今現在もサハ刺繍と同じく講座がひらかれています (気になるけど出来ないな~( ´艸`)

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ウィルタ民族

 

ちなみにオホーツク人となった人達は「ニブフ」古くは「ギリヤーック」と呼ばれていた人達です アイヌのDNAの中にニブフと同じ染色体がある様です

ニブフの刺繍ってあるのかな?あまり見たこと無いような また次回の宿題です

 アイヌの刺繍と文化の伝承

アイヌの刺繍は角がありますね

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アイヌも樺太アイヌ 北海道アイヌ 千島アイヌが居て樺太アイヌはもう北方民族の文様に似た感じの物も見受けられるし・・・どうなんでしょ誰か教えて( ´艸`)

私の父はアイヌ保存協会の会員でアイヌ刺繍も教えられる資格を持っているのですが(こんなんで教えていいのかレベルですが一応公認)その父に色々聞いても多分答えられないのではないかと思うので父に勉強してもらおう!(ズルぃ(;'∀'))

そんな父が先日網走に来た時に一緒に行った北方民族博物館のゴザを見て「これ作った」と言っていたので少しご紹介

 

北方民族博物館に展示してあるアイヌのゴザ(キナ)

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水辺に生えるガマって植物を使うんだって 見たことあるよね

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乾燥させて作るらしい

 実際取っている写真ですが、たしか雌を取るって言ってたかな?大変なんだそうだ見つけるのも取るのも穂が無い時期に取るので雌なのか雄なのか分からないとかで

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f:id:ekarin:20190217195846j:plain 父の軽貨物に乗せて・・・( ´艸`)

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干すんだって!

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そして乾燥したら織るんだって! 

下にぶらぶらしている石は、石で代用してるけど本当は違うみたい

 いやー情報が足りなさすぎるでしょ・・・どれ位干すとか石じゃなくて何を使うんだって?黒いのは何だ?染めるのか?何で?とかね

 この織機は置く場所ないからって実家の物置小屋に5台位置いてあったんですが、自分で自分に言うよね「何故やらない?」教えてもらってやれば良いのにね・・実家に行くとそんな事したくなくなる感じ分かります?父も娘に教えるのメンドクサそうだし( ´艸`)まだまだ時間はあるのでゆっくり教えてもらおうかなって高齢部類だけれど元気一杯!とても原始的な生活をしているので100歳迄生きるであろうと勝手に予測しているんですね ある意味自給自足的なアイヌの様な生活をしている気がする そんな父は本州からの移住者には仙人の様に見えるらしくて人気者だよ(^^)たまに人に疲れて電気を消して居留守を使う時もあるらしい(ってくらい人が来る家だよ)家はもちろん北の国からのごろーさんちみたいです(帰ったらキャンプしている気分になるよ) 

ではまた・・